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右から左に流す日々

「らしさ」から自由になれば良いのか――ジェンダーフェミニズムに欠如している視点

  

  今回、議論の俎上に載せるのはこの本だ。

  この本はジェンダーフェミニズムを前提とした議論が非常に平易に議論されている。従って、この本を読めばジェンダーフェミニズムの理論的な中核を理解することが可能になるので、批判者にせよ、賛同者にせよ、この本はしっかり読んでおくべきである。

 

 さて、最初に私はこの本の評価すべきところを挙げておきたい。太田は包括的性教育の重要性を挙げており、私はこれについては徹底的に賛同しておきたい。また、セックスは権利でも義務でも儀礼でもないという太田の大筋の主張については、私は全く正しいと思っている。性的同意を強調する筆者の観点にも、「当たり前」としか言いようがないと思っており、この点において太田の議論に反論する部分はない。AVを真似するバカな男に関しては、「そりゃそうやろ」としか思わないし、ああいった作品をファンタジーとして処理できない男については、個人的にかなり軽蔑している。また、セクハラが暴力だとする筆者の見解についても、私は当然に同意すべきことだと思っている。インセルの暴力については個人主義的な見地から一切共感する余地は無いと思っているし、そういった点が問題だとは原則は思っていない。

 問題なのは、太田の性差は社会的なものだ、という古典的な社会構築主義や、素朴な「らしさから自由になればいい」というナイーブな議論である。太田は生物学的に男女の性差は認められないという前提を導出する。例えば、太田は「男の子の生態」に驚きながら、次のように書く(p.6)。

 

男の子の生態と書きましたが、人間の行動や性別(たとえば遺伝子とか脳の構造といったレベルで)決まっているわけではありません

 

  こうした太田の主張は、進化心理学を齧ってる人間ならば誰もが間違った主張だと理解するだろう。太田はボーヴォワールの格言「女は女に生まれるのではない。女になるのだ」を引きながら、男もそうなのだなと言う。

 こうした前提を持ってるからか、太田は有害な男らしさが単に男社会であるが故に起きてる社会構築的な話だと考えている点がある。

 たとえば「男なら出世をめざして当然」というように、社会的な成功に「男として」のポジティブな価値をおくという感覚は、いまの日本社会にもいまだ根強いでしょう。社会的な成功はいいことでしょうが、、では、成功したといえるような状況にならなかったら「男としてダメ」なのでしょうか(p.22)

  そもそも男女の性差については、ミラーの悪しき実験が示したように、一定の生得的な性差が認められたのは有名な話である。

 

 

 また、進化心理学における研究が明らかにしているように、女性には明らかに上昇婚の傾向が示されており、現実の社会においては配偶者を持てない男は「敗北者」として見做されるのが普通である。これは基本的なテキストを読めばはっきり掴めることなので、いちいちここで引用はしないが、進化論的に男性の競争は女性によって誘発されている側面が大きく、現行の性別規範は男女による共同正犯によって生成されたと見做すほうが妥当だということである。

 太田はあたかも男性が自身の性別規範から降りれば幸せになれる、かのような主張をしており、自身の息子たちにもそのような価値観を教育しているらしい。私から言わせれば、これは文化的な去勢としか言いようがないし、本当にそのようなことをすれば性別規範から降りるだけその人間が食い物にされてしまう可能性を強めるだけではないかと思う。他にもこの本では、「やんちゃ」な男の子の性質を社会環境に依存した「有害な男らしさ」として切って捨てているところがあるのだが、そうした「やんちゃ」さを成長させられなかった男は、女性から見た際に、男として魅力が欠如してしまうリスクが高まるだろう。そうした行為について、ジョーダン・ピーターソンは、『生き抜くための12のルール』のルールの中で、「スケボーをしている子どもの邪魔をするな」と強く注意している。危険ややんちゃさを好んでいく男の子の性を親が強く規制した結果、その男の子は異性から一顧だに値しない存在になってしまうリスクを高めてしまうだろう。

 

  以上の理由を踏まえ、私はこの本は結構有害な本だと思っている。この本を読んだ親が自分の子どもを文化的に去勢する危険性があるからだ。確かに、自然は規範を即座に正当化しないかもしれないし、安易な自然主義的な正当化には反対するのだが、自然を無視して打ち立てられる規範は果たして本当に合理的なのか、私には常々疑問である。

 

 なお、私の議論よりも洗練された記事として、以下のものを挙げておく。

 

読書メモ:『ジェンダーの終わり:性とアイデンティティに関する迷信を暴く』(1) - 道徳的動物日記

 

davitrice.hatenadiary.jp

 

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